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第二話 大盛況
麻雀アクアリウム静岡店は静岡の郊外にあった。まあ、一言で言えば田舎である。アクアリウムグループがなぜここに? というくらいの場所なのだ。しかし、車さえあれば行きやすく、それでいて家賃は安いので穴場と言えば穴場だった。
「ここがアクアリウム静岡店か」
「雀荘にしてはずいぶん広い駐車場だね」
「駅からも離れた郊外の雀荘にはよくあることよ。駐車場代も安いから広く借りていられるのよ」
「しかし、お客さん入るのかな。ゲストやってるのにガラガラでしたとか嫌だよ。私には初めてのゲスト活動なのに」
「そっか、ユキは初めてだもんね」
「そりゃそうよ。私はライセンスないんだから」
「ま、大丈夫じゃない? 車もけっこう停まってるし。何より井川ミサトプロがゲストですから!」
半分冗談のつもりで言ったミサトだったが店に入ると大盛況していたのでユキは「さすがミサト……」となった。
「遠い所をありがとうございます! 私、静岡店を任されております副店長の賤機(しずはた)です。よろしくお願いします」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。プロ麻雀師団の…… いえ、牌戦士の三郷幸こと井川ミサトと、相棒の飯田ユキです」
「飯田です。よろしくお願い致します」
「あ、なるほど、ミサトさんとユキさんでミサトユキか。それにしても、お二人ともお美しいですね。みんなも一目美しいミサトプロを見たくて来た人ばかりだから喜びますよ」
「そう、そしたらそれプラス麻雀の実力も見せて容姿だけじゃないよって伝えていかないとね!」
「副店長。こっち卓止めて待ってんだけど」
「あ、ああ、すみません。ではさっそくなんですけどお二人のどちらか行けますか? まだ東2局で前局3900の横移動しただけなんで」
「ユキ。どうする?」
「オーケー。私が行きます」
「3卓ラスト!」
「優勝会社失礼しましたー!」
「では、こちらは私が」
「よろしくお願いします」
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今回、3日間ゲスト活動するという約束で静岡へ来たのだが、初日はとても嬉しいことに来客が途切れることなく続いた。アクアリウム静岡店は18卓あるのにこの日はその半分以上がミサトと同卓希望での来客で満卓。待ち席まで混んでいた。
井川ミサトを一目この目で見たいという人がこんなにもいるのには理由がある。
今、マニアに一番人気の麻雀雑誌は『月刊マージャン部』という雑誌なのだが、それの先月号の表紙と巻頭の特集が井川ミサトだったのだ。ちなみにミサトは写真写りがすごくいい。どの角度から、どんな表情をしてもその魅力を伝えられるという『撮られる才能』があった。なので撮影を頼まれてもそれに時間がかかった経験は無く、いつも一発OKが出るので撮影の仕事は『割のいい仕事』という認識で、頼まれたら頼まれただけ全て引き受けた。そのひとつが月刊マージャン部からの依頼であったことは撮られてから知ったという。
「こっちの卓にもゲストプロ入れてくれよー!」
「おれたちユキさんとも同卓したいんですけどー!」
18卓もある店が満卓になってるなんてことは珍しい。
「すごいな、ミサトプロ」
「飯田さんも人気ありますね。副店長、これは明日と明後日の売り上げも楽しみですねえ」
「そうだな。ま、とりあえず今日はそろそろ片付けだ。小幡。最後にミサトプロの卓の本走行くか?」
「いや、おれはいいっす。副店長いったらいいじゃないすか。立番は任せて下さい」
「いいのか?」
「いいからいいから」
小幡は賤機がミサトの大ファンなことを知っているので同卓の機会を譲ることにした。
(なんて優しいんだろうねー。おれってヤツは)と思う小幡。小幡は賤機にはこれでも普段から感謝をしており、その気持ちを行動で表したつもりだった。
本当は一番ミサトに同卓希望を出したいのは副店長の賤機自身のはずなのだ。それがわからない小幡ではない。内心ウキウキで卓に着く賤機。
「本走入ります! よろしくお願いします!」
心なしか賤機の声が弾んでいることに気づいて小幡はクスクスと笑っていた。
64.第伍話 中野の最速対々二回戦A卓東家 中野雅也南家 飯田雪西家 井川美沙都北家 鳥栖大毅この座順でゲームスタート「ユキ、あなたもトップだったの」「ええ、私だって伊達にミサトの相棒をやってないからね」「私としても鼻が高いわ」 すると中野が黙っていられないという顔で会話に割って入ってきた。「おれも元プロ雀士だ。ただ見ていただけで見せ場も作れずにやられました。なんてわけにはいかない!」「そうよね、期待してるわよ。新人王」「C3リーグ優勝の実力を見せてくださいよ」「ぐぐぐっ! 完全に舐められてるな」「えー? なんでそうなるのよ。私はただ思ったことをそのまま言っただけよ」「まあ、私は若干舐めましたけど。所詮は一般人なのかなって。私たち『牌戦士』とは覚悟も違うだろうし」「ちょっと、ユキ! 失礼よ、謝って」「いや、すいません。でもせっかくの対局だからもうちょっと中野さんのカッコいい所見てみたいなと思って。中野さん達だってこのまま終わったら不完全燃焼じゃないですか? とは言え、花火大会は行きたいからもう半荘やる時間はないし」「焚き付けてくれたってことね。オッケー…… おれもそこまでされてジッとしてるような男じゃない。見せてやるよ。新人王の本気をさ!」「待ってました!」 ユキの挑発を受けて中野雅也のハートに火がついた。そこからはリーチに対しても怯まず押し返して、それでいて本命だけは押さえて。上手いことテンパイさせた。
63.第四話 これが勝負師 結局、曽根がアガリをとれたのは初めのハネマン一回だけでありその後はみんなして曽根をボコボコにした。プロ3人でよってたかってフルボッコである。「わかったわかったわかりました。格の違いはもうわかったから、お願いだからこの辺でやめて!」「こう言ってるし、中野さんはもうアガるの禁止でよくないですか」「よくねーだろ! 今おれ三着目だろうが」南3局曽根の最後の親番中野 29800点トキオ33100点曽根 3600点ミサト33500点 3人は三つ巴だった。なのでここで軽くアガリを取ろうとか考えない、むしろこの局。ここで決着をつけるように手作りするのがプロというものだ。それを3人とも分かっているのでこの局は誰も鳴かなかった。そして……「リーチ!」「リーチ」「私もリーチよ」 親の曽根以外の3人が一気にリーチ。曽根は親番ではあるがさすがに無理なものは無理なため『もうお手上げ』とばかりに現物を力無く放る。「ツモ」ミサト手牌三三八八八①②③11666 1ツモ 手を開いたのはミサトだった。「四萬切りリーチで三萬と1索のシャボ!」「3軒目のリーチなのにあえてツモり三暗刻なの?」「三萬が山にありそうだったからね。まあ、引けたのは1索なんだけど。それに、アナタたち強いからここで決着つけておくのが最善策だと思ったの。はい、2000.4000で私の勝ちね」 チャン
62.第三話 ミオちゃんの配信 トキオはダブ南を鳴いて打2索とした。トキオの捨て牌にはソーズが全く出ておらず、この2索が初めてトキオから出たソーズだった。 ジュリはトキオの手をチョロっと見に行ったトキオ手牌二三⑤⑤赤⑤44赤567(南南南) ドラ7(ポンテン8000かー) トキオは既にダブ南赤赤ドラの一-四萬待ちポンテンを入れていた。しかしトキオの仕掛けに対して一-四は危険牌であるので現状はすんなりアガれるか分からないな、とジュリはトキオの手を見ながら思った。するとミサトの手から4索が切られた。「ポン」打赤⑤(は?)トキオ手牌二三⑤⑤赤567(444)(南南南) ドラ7(え? 手を短くして、使えるドラを捨てて、待ちを変えることもしないってどういうこと?) 見てる方が混乱するような鳴きだった。しかし、これは対局者にしか分からない魔法なのである。曽根打一「ロン」「えっ!?」パタントキオ手牌二三⑤⑤赤567(444)(南南南) ドラ7「満貫!」「使える赤を捨ててる……?」「メンゼン祝儀のルールだからね。そこのルール表の通りにやるなら」 たしかに、この麻雀ルームは昔はフリー雀荘だったのか店のルール表
61.第二話 対決! 新人王vs新人王 川原田朱里(かわはらだじゅり)は中野雅也(なかのまさや)の有能な右腕だ。 彼女は言われるであろうことを先読みして動けるタイプの人間なので、あれよあれよと事が進んでいく。気が付いたら全てのサイドテーブルにキンキンに冷えた麦茶まで置いてある。A卓東家 中野雅也(なかのまさや)南家 金田朱鷺子(トキオ)西家 曽根博一(そねひろかず)北家 井川美沙都(ミサト)B卓東家 金子水景(ミカゲ)南家 鳥栖大毅(とすだいき)西家 飯田雪(ユキ)北家 鹿野沙織(しかのさおり)立会人 川原田朱里「ジュリはおれたちの勝負を見届けてくれ。おれが本物のプロ雀士だったって所を見せてやるから見逃すなよ」「わかりました」「「よろしくお願いします!」」 各卓ゲームを開始した。 A卓は35期新人王と36期新人王の対決だ。中野は麻雀プロを辞めて4年になるが一度は新人王にまでなった実力の持ち主だ。そう簡単には勝たせてもらえないだろうとミサトは警戒して挑んだ。「えー、みなさんやりながらでいいんで聞いてください。今回の勝負はチーム戦です。我々『カキヌマホールディングス』対『井川美沙都プロ率いる女流雀士チーム』はまず一回戦をA卓B卓に分かれて対局します。その結果で例えば課長が3位で曽根が4位だとしたとしたら二回戦A卓は課長B卓は曽根というように同卓した同じチームの相手とで順位が上の方が二回戦はA卓に、下の順位の方がB卓に行き決勝を行う半荘2回勝負です。終わったらチームトータル得点を計算して負けたチームがこの麻雀ルームの場代を持ちます。また、個人優勝した方にはここの売店で1番高いお
60.ここまでのあらすじ ミサトとユキはアクアリウム静岡店でゲストに呼ばれ、18卓ある店舗を見事期間中の3日間毎日満卓にした。2人は自分たちコンビを『牌戦士 三郷幸』と名乗る。牌戦士たちの旅は続く、次は一体どんな出会いがあるのやら――【登場人物紹介】井川美沙都いがわみさと主人公。怠けることを嫌い、ストイックに鍛え続けるアスリート系美女。金髪ロングがトレードマーク。通称護りのミサト日本プロ麻雀師団所属獲得タイトル第36期新人王第35期師団名人戦準優勝など飯田雪いいだゆき井川ミサトの元バイト先の仲間でありミサトのよき理解者。ボーイッシュな髪型、服装をしているが顔立ちはこの上なく女の子で可愛らしい、そのギャップが良い。金田朱鷺子かねだときこ新宿でゴールデンコンビと言われる2人組。生物学的には女だが、見た目は美男子で『トキオ』の名で通っている。通称TKOのトキオ。麻雀真剣師団体ツイカの1期生。新宿ゴールデン街で店をミカゲと共同経営している。金子水景かねこみかげトキオと2人でゴールデンコンビと言われる一流雀士。通称隠密ミカゲ。麻雀真剣師団体ツイカ1期生。新宿ゴールデン街で店をトキオと共同経営している。 普段は分厚いメガネをしててダサめな姿だが、メガネを外しコンタクトにするとすごく美人。その4第一話 偶然の再会&n
59.サイドストーリー3 約束後編 彼女が開いて連絡先交換をしようとしてる携帯電話の待ち受けは『松潤』だった。僕は自分で言うのはちょっとアレだが松潤に似てると言われてきた。それは10回20回程度のことではなく、「ありがと、もう分かったよ」と言いたくなるくらい色々な人から言われることだった。つまり、その待ち受けを見ることで本当に僕の顔が好みなんだとわかった。 そして、この子のことは僕も好きになりつつあった。いや、好きだった。連絡先の交換はしたい。付き合いたい。また、この子に絡みつくように抱きしめられたい。そういう気持ちになった。一瞬だけど。 でも、僕は彼女持ちだ。裏切りたくない。かと言ってこの子がすんなり引き下がる言葉ってなんだろう。「連絡先交換くらい良いじゃない」と言われそうだ。その通りだとも思うけど、ここで交換したらそのままお付き合いに発展する気しかしなかった。自分のことは自分が一番わかる。「……もう一度会ったら」「え?」「僕は多分この店にはもう来る機会はない。それでも偶然どこかであなたともう一度会ったら。その時は運命だと思って連絡先を交換すると約束する」「わかった、約束よ!」「約束だ」 ◆◇◆◇ 6年後 僕は渋谷にいた。 今から帰ろうと駅前の大森堂書店に少し寄り道してから交差点に向かう時。とっても素敵な笑顔でベビーカ